論考:私人間効力について
私人間効力について
(1) これまで述べてきたように、同時入退会の規約が、会員である司法書士の結社の自由、思想・良心の自由を侵害すると論じたが、「侵害する」として、その規約は憲法上違憲と判断されるのだろうか。
結社の自由、思想・良心の自由の人権規定は、この規則に対してどのように適用されるのだろうか。
人権規定は、私人間(司法書士会と司法書士個々人)にも適用されるかが問題となる。
本来、人権は対国家的権利であるから、私的自治の妥当する私人間には適用されないとする学説もある(無効力説)25)。
しかし、今日の資本主義の高度化に伴い、企業のような国家類似の私的団体が数多く生まれ、一般国民の人権が脅かされており、このような団体による人権侵害からも国民の人権を保護する必要がある。学説は無効力説を除くと、間接適用説と直接適用説の二つに大別されている。
通説・判例の立場は、間接適用説である。国労広島地本最高裁判決、南九州税理士会第一審判決なども間接適用説に立脚し、それぞれ組合費、特別会費の納入を民法90条に反するものと結論づけている。
この点、間接適用説を採用するにしても注意しなければならない点がある。
それは、もともと間接適用説といっても、憲法の人権規定の間接適用の仕方には幅があり、人権の無条件の遵守が社会の公序とすれば、直接適用と実際上変わらないこととなる。
逆に、人身売買や強制労働のように、私人による極端な人権侵害のみを公序良俗違反として私法上の効力を否認するのであれば、実際上の効果は無効力説と同じことになることに注意しなければならない26)。
憲法の趣旨をどの程度重要視するか、つまり、人権規定をより積極的に導入するか否かで全く結論が異なってくるのである。
三菱樹脂事件大法廷判決27)では、「社会的に許容しうる限度を超える」人権侵害があった場合は、民法1条・90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって解決できるとし、間接適用説の立場に立ちつつ、企業は雇用の自由を有し、特定の思想・信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることはできず、また、労働者の採否決定にあたり「労働者の思想・信条」を調査し、そのためその者からこれに関する事項の申告を求めることも違法ではない、と判示した。
しかし、本判決は、人権規定を媒介する一般条項の活用が「社会的に許容しうる限度を超える」侵害の場合という曖昧な基準28)であり、私的自治の側に大きく傾斜して運用されるおそれがある。
間接適用説に立ちながら、「労働者の思想・信条」という重要な人権規定を消極的に導入し、雇用を受け入れるを拒んでも当然に違法ではないとしたのである。
(2) そこで、私は、人権規定を間接的に適用する際にも、国労広島地本事件最高裁判決が「多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和」のために示したアプローチを活用したい。
同判決は、「問題とされている具体的な組合活動の内容・性質」と「組合員の協力の内容・程度・態様等」を「比較考量」するという方法を採っている(南九州税理士会第一審判決も同様に比較考量を採用している)。
人権規定を同時入退会規約に間接適用する際に、会員一人ひとりの司法書士会に対する協力義務の範囲を司法書士会の具体的な活動の内容と比較考量するのである。
ここで、問題は、司法書士会が直接的に政治活動を会員に求めているわけではなく、会員にその前提となる同時入退会を強制しているのである。
「問題とされている具体的な司法書士会の(政治)活動の内容・性質」は、司法書士政治連盟への同時入退会を求めている規約の存在である。
およそ、「政治連盟のみの退会の自由がない」点を比較の重要な考量要素29)と考えると、会員の結社の自由、思想・良心の自由の方に比較の重点が置かれなければならない。
同時入退会の規約は、司法書士会と表裏一体の関係にある政治連盟の入会、そして一旦入会すると、その活動に協力を強制するものだから、司法書士個々人の結社の自由、思想・良心の自由を侵害する。
したがって、民法90条の公序良俗規定を媒介にして二つの人権規定を間接的に適用すると、政治連盟規約第5条、6条は無効という結論になる。
25) 野中俊彦他 前掲(注1) 226貢
26) 〃 〃 227貢
27) 民集27巻11号 1536貢
憲法判例百選Ⅰ[第四版] 24貢
28) 野中俊彦他 前掲(注1) 230貢
29) 橋本基弘 前掲(注2) 236貢
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